大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和52年(オ)336号 判決

上告人

松岡冷蔵株式会社

右代表者代表取締役

松岡清次郎

被上告人

平山哲郎

外二名

右三名訴訟代理人

小峰長三郎

被上告人

中橋彌生

被上告人

増田招子

外七名

右八名訴訟代理人

吉田正一

被上告人

野地幸子

外六名

右六名訴訟代理人

杉崎安夫

佐藤直敏

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告人の上告理由について

一本件土地賃貸借契約の更新に対する異議についての正当事由の有無に関して原判決の認定判断したところの要点は、およそ次のとおりである。

(一)  上告人は、本件土地に隣接する所有上2251.51平方メートルを本拠として同土地上に収容能力合計二五〇〇トンの平家建冷蔵倉庫四棟、製永室一、事務室その他の附属建物を所有するほか、東京都港区内に収容能力一万一〇〇〇トンの八階建冷蔵倉庫一棟を所有し、氷の製造、販売、冷蔵倉庫業等を営んでいる資本金一億円の会社であるが、近時商品流通機構の変革に伴い冷蔵倉庫の需要が増大し、その整備拡充に対する社会的、経済的要求が強くなつており、東京都内でも冷蔵倉庫が不足していて、上告人自身取引先から冷蔵倉庫の設備の整備拡充を強く要望されていた。そこで、上告人は、この要望に応じて事業設備を拡張する必要上、冷蔵倉庫の設置に適している本件土地上に五階建中層ビルを建設して収容能力三〇〇〇トンの効率の良い冷蔵倉庫とする構想をたて、昭和三七年ころから本件土地の賃借人であつた増田秀吉(原審口頭弁論終結後に死亡)及び被上告人増田喜八郎に対しその明渡を申し入れ、期間満了の時は賃貸借の更新を拒絶すべき意思を明示しており、更に本件賃貸借契約の期間が満了する直前である昭和四三年六月一一日到達及びその直後である同年七月六日到達の書面で賃貸借の更新をしない旨の意思表示をし、他方、右秀吉及び被上告人喜八郎は同年七月七日到達の書面で賃貸借契約の更新請求をした。

(二)  右秀吉は、被上告人喜八郎と共同して昭和初年ころ本件土地を賃借し、その後の昭和二五年一二月三一日には権利金一五万円を支払つて本件土地賃貸借契約の期間を昭和二三年七月六日から昭和四三年七月五日までと約し、同土地上に本件建物二、三、四を所有し、本件建物二の一部を居宅、残部をガレージとして、また、本件建物三、四を各棟五戸づつの二階建店舗兼居宅等としてそれぞれ賃貸し、昭和四三年度において年間約三〇〇万円の賃料収入を得ているほか資本金七〇〇〇万円の江東青果株式会社の取締役として年間七〇〇万円の収入を挙げているが、本件土地を返還すれば年収の四割弱を喪失することとなる。

(三)  被上告人喜八郎は、現在本件土地上に建物を所有せず、資本金二〇〇〇万円の規模の会社の役員として相当な収入を得ており、本件土地を使用することができなくなつても直接打撃を受けることはない。

(四)  本件土地を含む附近一帯は、昭和四一年一一月東京都によつて発表された江東再開発基本構想において防災拠点とする計画がたてられており、これが法律に基づき具体化され法的拘束力をもつに至つた暁には、本件土地附近一帯につき建物新築の制限、既存建物の収去等が義務付けられ、上告人において目的としている本件土地の使用は不可能となる。

(五)  本件建物二、三、四を店舗兼居宅ないし居宅として賃借使用している被上告人増田五郎雄、同平山哲郎、同舟橋さと子、同荒品コウ、同野地幸子、同高橋貞一、同安藤キミエ、同小林乳業株式会社ら借家人の多くは、戦中戦後の苦しい時を右賃借建物のおかげで何とか乗りこえ、子女を養育してようやく生活もほぼ安定したところであつて、上告人が支払を申し出ている程度の立退料を受領するだけで低家賃の賃借建物部分から立退き他に移転することは、家計上あるいは営業上重大な支障を来たすことになる。

(六)  そして、以上の事実関係をもとにおいては、上告人の本件土地賃貸借契約更新に対する異議については正当事由がないといわなければならない。すなわち、

(イ)  上告人において近時における冷蔵倉庫の需要の増大に応じ、かねて計画中の冷蔵倉庫を建設して事業設備を拡張するためには、本件土地の明渡を受けることが望ましく、かつ、これがもつとも経済的な方法であるとしても、右冷蔵倉庫の建設は上告会社存立の安危にかかわる問題ではなく、しかも、冷蔵倉庫の増設による事業設備の拡張を望むのであるならば、他に土地を求め、又は、多少の支障は生ずるにせよ現在使用中の土地をその地上にある非能率な建物を逐次建て替えるなどすることにより効率的に使用することによつて、これを達成することが不可能ではなく、更に、上告人において本件土地の明渡を受けるときは、当初予想もしなかつた地価上昇による莫大な利益を独占することにもなるのに対し、秀吉において本件土地の明渡をするときは、年収の四割弱にも及ぶ収入減を来たすという重大な問題に直面するのであつて、これら賃貸人である上告人が本件土地使用を必要とする度合い、その緊急性、これを使用することができないことにより被る不利益等と、賃借人である秀吉が本件土地を使用することができなくなることにより被る不利益とを比較しただけでも、上告人の本件土地賃貸借契約更新に対する異議には正当事由を肯認し難い。

(ロ)  のみならず、東京都発表の江東再開発基本構想において本件土地を含む附近一帯が防災拠点に予定されており、かつ、地震その他の災害対策につき世人の関心も高まつている社会状勢にかんがみると、右構想がまだ単なるプランにすぎず、将来法律に基づき所定の手続を経てはじめて法的拘束力をもつに至るものであるうえ、右構想によつて予定されたこと自体その後の手続において変更されることがありうるものであるといつても、将来右構想の実施により本件土地上の建物の除去、建築制限が行われるに至る公算は大であり、ひいては、上告人においてこのような危険をかえりみず冷蔵倉庫を新築することにより、本件土地を使用するとの見込は客観的に極めて少ないといわなければならない。また、上告人は、秀吉らの本件土地賃借人との関係において本件土地明渡請求が認容されたとしても、秀吉による本件建物二、三、四買取請求権行使の結果、前記借家人に対する賃貸人として借家契約を承継しなければならないところ、上告人の右借家契約の解約申入につき正当事由の存することはたやすくこれを肯認すべきではないとするのが相当であるから、上告人において本件土地を自ら使用することが可能になる見込も極めて稀薄である。結局、上告人の本件土地賃貸借契約更新に対する異議にはますます正当事由を肯認し難いことになる。

二そこで、右判断の当否について以下に検討する。

まず、原判決の上記認定によると、上告人は、顧客の要請に応ずる等のためその事業設備を拡張する計画の遂行上本件土地を必要とするのに対し、前記秀吉は、本件土地を自ら使用しているものではなく、その地上に建物を建設してこれを他に賃貸しているものであつて、本件土地の明渡をすることにより建物の賃料収入が得られなくなる結果として年収の約四割を失うことになるとはいえ、別に江東青果株式会社の取締役として昭和四三年度において年間七〇〇万円の収入を得ており、また、共同賃借人である被上告人喜八郎は、本件土地を使用することができなくなつても直接打撃を受けない、というのである。そうすると、要旨右(一)から(三)までの事実関係を前提として考える限りにおいては、たとえ原判決の摘示するように、上告人が営業規模の拡大のため他に土地を求め又は現在使用中の土地を効率的に使用することによつて目的を達成することが不可能とはいえず、また、上告人が本件土地の明渡を受けると地価の異常な値上りによる大きな利益をおさめる結果となるとしても、権衡上上告人に正当事由がないと断定することはできない。

しかるところ、原判決は、さらに要旨上記(四)及び(五)の事実をしんしやくしたうえ、結局において正当事由の存在を肯認しがたいものと判断している。しかしながら、まず、原判決の認定するところによると、要旨右(四)の江東再開発基本構想は、まだ単なるプランの域を出でず、現段階では法的拘束力のあるものではなく、その予定されたこと自体変更されることもありうるというのであるから、現状において恒久的施設の新営が事実上抑制されているとか、この基本構想の存在のために本件土地の附近では他の企業も恒久的施設の新営を現に手控えているとかいうような他の特段の事情の認めるべきものがあるのでない限り、本件土地が右構想において防災拠点として予定されている地域内にあることをもつて、上告人の本件土地使用を必要とする度合い、緊急性ないし上告人の計画の実行可能性を減殺すべき事情にあたると断定するには不十分である。また、要旨右(五)の事情は、本件土地賃貸借契約の更新に対する異議につき正当事由があることが肯認された場合にはじめて上告人と本件における各借家人との間に生起する仮定的な問題に関する事情である。すなわち、この点につき、原判決は、土地賃貸借契約の当事者双方の事情を比較考量した結果右の正当事由の存在が肯認されたとの前提のもとに、上告人と本件における各借家人との間に成立することとなる建物賃貸借関係につき上告人の解約申入に正当の事由が肯認されるかどうかを検討し、これが肯認され得ない旨の判断をしたうえ、この判断を、再び先の前提以前の段階に立ちもどつて土地の賃貸借契約の更新に対する異議につき正当の事由があるかどうかの判断の資料とするという矛盾を含むものであるばかりでなく、土地賃貸借契約の当事者双方の事情を比較考量するに当たつて第三者である地上建物賃借人の事情を参酌しようとするものであつて、不当であるといわなければならない。

三そうすると、原判決がその認定した事実関係に基づき上告人の本件土地賃貸借契約更新に対する異議につき正当事由がないと判断したことは、借地法四条一項但書ないし六条一項の解釈を誤つたものとしなければならず、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、この点に関し更に審理を尽くす必要があると認めるので、これを原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(服部高顯 環昌一 横井大三 伊藤正己 寺田治郎)

上告人の上告理由

一、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。

(一) 第一審判決は、本件借地人ら(原判決にいう控訴人秀吉、喜八郎を指す)に対する更新拒絶の正当事由の判断に際し、判決書二一枚目表終りから二行目以下において「問題は、本件建物の借家人である被告ら(原判決にいう控訴人秀吉、喜八郎、岡崎丈夫及び小林堯音を除く控訴人らを指す)の事情を右正当事由の判断の際考慮すべきか否かであるが、借家人と土地所有者との間には直接契約関係はなくても、将来被告増田らが建物買取請求権を行使すれば、建物所有者になつた原告と借家人たる被告らとの間に借家関係を生じ、借家法第一条の二の正当事由の有無を判断する余地あることが予想されるから、現在借地人に対する更新拒絶の正当事由の判断の際にはこれを考慮に入れる必要はない」との見解を示している。

かかる第一審判決は、借地法第四条一項但書の正しい解釈適用を判示したものである。

(二) しかるに原判決は、先ず本件借地人らに対する更新拒絶の正当事由の判断に当り、被上告人秀吉、喜八郎の本件土地の必要性の認定に加え、借家人らの個々の事情及び建物の必要性の比重を大きくとり上げている。

即ち、原判決一六枚目裏一行目「賃借人(借家人を指すことは明らかである)の大部分が当初からの賃借権に基づき長年ここを本拠として生活しており」、同六行目「そして、本件建物三、四の住人の多くは、戦中、戦後の苦しい時をこの住宅のお蔭で何とか乗り越え、子女を養育し、生活もほぼ安定し、漸く前途に明るさを見出すようになつてきた矢先であること」、同一七枚目表終りから四行日以下同裏三行目「本件建物二、三、四には控訴人秀吉、喜八郎、岡崎丈夫及び小林堯音を除く控訴人らが、各自の占有部分を控訴人秀吉からいずれも期間の定めなく賃借し、ここを本拠として生活し、その大部分は本件土地附近の場所的利益に依存しているので、その賃借部分を離れることは生存に対する脅威を意味し、その具体的事情は、別表(三)記載のとおりであることを認定することができ」、同一七枚目裏終りから三行目以下同一八枚目表三行目まで「以上の事実関係に基づき、被控訴人が本件土地の使用を必要とする度合い、その緊急性、これを使用しえないことによる不利益と、控訴人ら(借家人を含むこと明らかである)が現状を維持することの必要性、本件土地を使用しえなくなることによる不利益を比較して本件土地賃貸借契約更新に対する異議の正当事由につき考察すると、右正当事由の存在は否定するのが相当である」としている。

(三) かかる原審の立場は、本件土地賃貸借契約更新に対する拒絶の正当事由の判断に、本来何ら法律関係のない借家人の事情をも考慮に加えんとするものであつて、正に第一審判決が指摘している如く、被上告人秀吉の本件建物買取請求権行使を容認し、上告人と借家人との間に直接の借家契約が成立して初めて考慮されるべき借家人の事情を、借家契約の成立という前提条件が欠落しているに拘らず(この点原判決は理由三項において言及している。しかしその論理の矛盾には気が付かないのである)被上告人秀吉、喜八郎の必要性に借家人の事情及び必要性を加味して判断している。

(四) 本件借家人は、土地所有者である上告人と直接契約関係にはないが、その地位並びに関係は、恰かも建物賃貸人と転借人との間に類似する。とはいつても前者の関係について律する規定は存しないが、後者の関係については借家法が存する。その根本的相違は、土地所有者が、借地人の所有建物の借家契約に対し何の干渉もできないのに対し、建物の賃貸人は、借家人の転貸に対し同意権を有するところにある。

従つて借家法第四条一項は、賃貸借の更新拒絶又は解約申入に際し、転貸借のある場合賃貸人の転借人に対する通知を対抗要件となし、かつまた賃借人及び転借人に等しく六ケ月の経過期間を定めており(借家法第四条二項)、賃貸人の正当事由は、賃借人のみならず転借人との間に於ても斟酌されなければならないことは当然である。

しかし土地賃借人は、地上建物の存する場合、土地所有者の正当事由が容認されても、建物買取請求権を有し、その行使により投下資本の回収が保障されており(借地法第四条二項)、その際建物賃借人が居れば、新たに建物所有者となつた土地所有者との間で借家関係が生じ、始めて借家法第一条ノ二の問題が生ずるのである。かかる法律構成の違いは借地法、借家法二法あるところからしても当然といわなければならない。

しかるに原判決は、何ら右の点に留意説示することなく漫然と上告人の借地人である被上告人秀吉、喜八郎に対する正当事由を判断するに当り、上告人とは未だ何らの法律関係になく、単なる借家人に過ぎないその余の被上告人らの事情及び必要性を斟酌しているのは畢竟借地法第四条一項但書の解釈適用を誤るものであり、破毀されるべきである。

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